空洞

  • 2019.08.16 Friday
  • 12:02

子供を生きれば大人になれる」クラウディア・ブラック

を読み始めた。

私が今何のためにここに存在しているのか思い出した。

言葉が以上に刺さるので、苦しくなり過ぎて2章の途中で読めなくなってしまった。

すっごい泣いちゃうし、久しぶりに過呼吸になりそうだし。

図書館で読まなくてよかった、と思った。

 

つまり全然前に進んでいないってことなんじゃないかと思うと、やっぱり今更進もうって考えることが、間違いなのかもなと思ったり。

一応、いつからでも大丈夫って書いてあったけれども。

 

乗り越えるべきものが大き過ぎて、途方にくれている。

 

 

思ったけど、「毒親」って言葉は親を中心にした言葉で、アダルトチルドレンっていうのは子供を中心にした言葉で、同じことを言っているだけなのかもしれない。

私はアダルトチルドレンです。という人はあんまりいないけれど、毒親育ちです。という人がたくさんいるのは、なんでだろう?

 

5、6年前に依存症のカウンセリングに行った時、機能不全家族?とかそういうので育っている人たちのいるところに行って話をしたら、と言われたのを急に思い出した。

なんかプリントもくれた気がするんだけど、まああの時は相当に狂っていたからカウンセリングも途中で行かなくなったし、ほとんどのことはなかったことになっている。

夢だったと言われれば夢だった、で終わりそうな。

 

 

専門家に助けを求めてください、とあっても、今の精神科の担当医は違うのか?

医者というものが薬を出すためにいるなら、薬に逃げたくない私はもう先生の患者でいられない気がしていて、でもじゃあどうしたらいいの?となる。

元の先生の話をちょっとだけ聞き来たいと思って行くにも、今担当医がいるなら、うちでは見れないからと断られちゃうし。

カウンセリングも、胡散臭いの多過ぎてもう探すこともできない。

せっかく探しても、合わない人で、落胆して、お金だけなくして、っていうことを繰り返す自信もない。

間違いないと思う人は何年も待たなければいけなかったり。

 

 

よく考えたら人に否定をされない毎日って、まだ1年ちょっとしか経験してなくて。

未だにこんなことはありえないとどこかで思っている自分がいる。

ほとんどの人と接していないから、たまたまだよって思っていたりもする。

人生の大半は否定を誰かしらにされてきたし、自分でも自分に対してしてきたし。

それを消すのに同じだけの年月がかかるなら、もう無理でしょ、となる。

 

超肯定環境というものが、ひたすらにプラスなイメージを脳に与え続けるということができれば。

入院して徹底的に脳に何かするとか。

潜在意識の部分から変えることができるのなら可能性はありそうだと思うけれど、現代でそういうの出来るのか

英語を高速で寝ている間に聞いていたらマスターしたとかそういうレベルの話みたいな。

自然の時間の流れに任せていたら間違いなく終わらないよって気はする。

 

 

気づくとやっぱり親のこと考えちゃうし、電話でもしてみるかな、とか思っちゃうけど

電話したら「理想の親」になっているという期待の気持ちが大きいだけで、だから電話して落ち込む可能性の方が高いんだぞ、となんとか忘れるようにしている。

 

 

普通になれるならなりたかったよ。

なれないからこそ望んでないんだよ。

なれるよ、とか何もわからないひとに言われるのも嫌なんだよ。

心がチクチクしかしない。

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