こたえはCDの中

  • 2018.11.21 Wednesday
  • 22:36

sora tob sakanaの新しく出るみたいなアルファルドという曲がすごくよくて

 

 

今までオサカナで歌詞に感情移入したことってなかったんだけど、これは歌詞がすごくいいなと思って

曲はもちろんかっこいいし

途中からどういう風になるのか、すごーく気になって、曲に対して期待が膨らんで早く発売してほしいって思うことがもう相当久しぶり

 

多分こんな感じのサビで

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それはきみにしかうたえないことば

ほかのだれもしらない

あるいてきたきせつに

ながくつづいてるあしあと

あかねいろそまっていくせかいでもえている

きみのめをみつめてる

すこしかなしいメロディーうたって

わらったぼくらがいた

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私的にすごく心にきた

まるでわたしに言ってくれているみたいな気さえする

 

 

 

今日はうたいに行って、合唱?というのかハモリをやるのだけれどそれで、自分のパートだけを追っている時よりもみんなの音と合わせる時の方が自分の音の必要性がすごくわかるからやりやすいなって思って

楽譜を追っていても全くイメージできなくてうたいにくいのだけれどみんなの音の中で一番合いそうなところって考えるといいんだってなんとなく感じたり

人によるとは思うけれど私はやっぱり一人じゃ何にも楽しくない性格なんだろうなあって改めて感じた

うたうということが人生でだいじな部分であろう人たちばっかりがいる気がするし、新しい世界

 

みんなのこの前やった発表会?ライブ?の動画を見せてもらって、本当に気持ちが伝わるかんじで、すごい頑張っている感じが伝わって、そうだよなあうたうってもともとこういうことだよなあ

ってなって

最近本当変に器用な人が増えたせいで伝わらないけれど無難なものまみれなんだなあと改めて痛感した

ブログもそうだし、音楽もそう

マニュアルに沿って間違わないように作られているものばっか

広告を貼るためにつくられたものたち

感想としては「へー、ちゃんとしてるな」で終わる

 

 

急にPCSの時のCD聴いてみよう、って思った

もうずっと聴けてなくて、聴きたいという気持ちが全く起きなくて

むしろ聴くことがこわかった

最終的に納得いくまでミックスとかできなかったのも引っかかっていたし、まわりの反応だけを見て、CD作ったことは意味あったんだろうか、とずっと悩んでいたし

バンドがなんなのかもわからなくなっていたし

でも、聴いたら全部過去の自分が今の疑問にこたえていた気がした

しかも思っていたより全然ちゃんと作っていたし

あれ、やっぱり私意外とがんばっていたんじゃんって思えたし、みんなもがんばってくれたんだなって思えた

こんなうたもわたしは忘れようとしていたのか、どうしちゃったのとなる

まだ、苦しくなっちゃうから延々聴くという事はできないんだけど、多分それは気持ちが詰まりすぎているから

 

 

それで、最近自分が「うたいたくない」と言う気持ちに支配されていた事に気づいた

そりゃ、曲も作れないわけだ

だってうたうつもりがないんだもん

「うたわなきゃ生きていけない」くせに、「うたいたくない」というごちゃごちゃしたものを抱えて

行き詰っていたみたいだ

それでも捨てることが出来なかったのは、生きたいということなんだろうか

 

原因なんて相当いろんなものがこんがらがって究明しない方がいいと思う

自分の中のどんよりを吹き飛ばしたほうがいいと、自分の中の問題だってことはわかってきていたからとにかく感動できるものに出会えたらいいと、色んなもの聴いたり、映画に目に付けばすぐに行ったりはしていた

段々。よくなってきているんだろうか

 

心が本当にしにかけているのかなあ

どうしたらいいんだろうか

もっともっと栄養が必要だなあ

 

 

 

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