精神分析

  • 2019.08.24 Saturday
  • 00:01

先生に教えてもらったところの初回の面談をしてきた。

私が受けようとしているものは、カウンセリングではなくて精神分析というらしい。

フロイト。らしい。

すごく丁寧に説明してくれたし、ちょっと話しただけで私のやっと辿り着いた結論にさらっと到達してしまったので、すごいな・・・となった。

そして色々と、聞いたことを、受け入れるつもりだったのにいざとなるとすっごい悲しくなっている自分がいて。

 

お母さんも辛かったし苦しかったんだからという理由で私まで辛くて苦しくならなきゃいけないんだろうか。

私が全部を背負うことが、「仕方ない」とか「運命だから」とするならあまりに悲しい。

べつに誰かを責めても何にもならないのもわかっている。

 

結果として出てくるまで数年以上はかかるものだし、私の場合10年かかるかもしれないと言われた。

それでも、何もならないかもしれない。

そういうものらしい。

受けてみる価値はあると思うと言われ、たしかにもう他に何もないならどうしようもないとは思った。

 

今まで何年かかってこうなったのか考えれば、5年で回復するならそれは魔法だと思える。

けれど。

それはあまりにしんどい未来だ。

 

今せっかく穏やかになっていても、また悪くなる可能性もあると言われ(だからあまりに悪くなることがわかっている人は見ないということらしい)

経済的な問題ももちろんあるから、受ける気になったら半年以内に連絡して欲しいと言われた。

今更ちょっと焦ってもどうこうなる問題じゃないということらしい。

 

ぼーっとしていたらまた最寄駅にいなくて、どうしてこっちにきちゃったんだろう?となりながらだらだら歩いて帰宅する。

 

 

今日ふと思い出したのが、昔薬たくさん飲んで救急車乗った時に、お母さんにすっごい怒られたこと。

「保険効かないって言われちゃったよ、本当に困るからもうやめて。いくらかかると思ってんの!」

と言われたんだった。

その時は迎えにきてくれただけありがたい、困らせてすみませんって心から思っただけだったんだけど、

よく考えたら普通、どうしてそういうことするの?とかそういうことしたら悲しい、とかじゃないのかなあと

悲しいは悲しいでも、無駄なお金がたくさんかかって悲しいっていうのは。

なんでまだ生き残ってるんだろうってすでに思ってきた。

 

 

長い、長すぎるよ。

普通に考えても、寿命が長くなりすぎてるんだよ。

つかれた

 

ただ私的に、フロイトよりコフートのが好きだと、最近読んだ本で思ったんだよなあ。

だれの本だろか。

もう一度調べてみた方がよさそうだ。

適正価格ってなんだろなあ

  • 2019.08.21 Wednesday
  • 23:49

カウンセリングに電話をしてみる。

話を聞いてみると、どうやら初回の面接をしてみて違うなと思ったら断られることもあるらしい。

「お役に立てないと感じた場合」と言っていた気がする。

初回は60分で二万円。

それで結局ここでは見られませんと言われたらもうどこからも見放された気分になるんじゃないか。という怖い気持ちもありつつ。今はほかに手段がないのでお願いすることとにした。

それにしても、みる方の立場って選べる上にお金ももらえるのか。知識があるってそういうことなのか。と感じた。

 

でも

「10回通ってください、必ず直します。そのかわり100万円を前払いしてください。」

とかいうところだったらどうなのか。

必ずなんてきっとありえない。

前に読んだ、「自己啓発をやめて哲学をはじめよう」酒井穣 の中で

多くの自己啓発が、溺れる者に藁を売る商売になっていると書いてあった。

FUDというマーケティングの手法があって、これは

Fear 不安

Uncertainty 不確かさ

Deubt 疑念

の頭文字をとっているらしくて、この手法に引っかかりやすい人というのがいるらしい。

自分はそのタイプだから気をつけたいとは思う。

 

まあでも自己啓発全部が悪いということじゃなくて、実態のないものにのめり込んで現実を手放すっていうことはだめなのかなとか。

何が信じられるか見極めていくのも結局自分だから、やっぱり自分の知識だとか信じられる人を自ら増やしていくしかもはやないような、気がしている。

自分の目で見たり、自分で確かめたことを信じるようにはしたい。

だからこの先人との交流もできるだけ直でやりたいという気持ちは、きっとある。

 

心に抱えたものは、目にも見えないし繊細すぎる問題で、

結局どうなることが目的なのか。何がゴールなのか。

そうすると最終的には仲間探し頑張ったほうがいいんじゃないって思ったりするけれど。

 

自分に何ができるのか。

自分に自信をつけることをゴールとするなら、やっぱり結果を何かで出していくしかないような気はする。

言葉が当てにならないというのなら、自分だって行動するしかない。

それが自分のためになるわけで。

 

 

話変わって

 

映画「ライオンキング」を見たのだけれど、見た後になんとも言えない不安な気持ちになってしまった。

エンドロールの間ずっとやばい・・・という気持ちに支配されていた。

別に残虐な映画じゃなかったと思うんだけど、そういうのを見た後みたいな気持ちになってしまった。

すぐに立ち直れたけれど。

(アイアムアヒーローや寄生獣からは、まだ立ち直っていない所ある、つらい)

生命の循環的なものを、自分がまだすんなり受け入れられないからだろうか。

お父さんがあんな風に死んじゃったら辛いよなあ、という気持ちというか。

CGっていうのが少しこわくなった。本物じゃないのに本物みたいに見えるって、ある意味恐怖というか。偽物と本物はわかる人でいたい気持ち。

じゃないと騙されるよって、また騙されるとかいうところに行き着く考えが嫌だけど。

 

 

 

ダークツーリズムまずは広島から初めてみることにした。

ただ、いろんなこと知りたいという気持ちだけに突き動かされている。

人間が生きていること、人間が死ぬこと

地球があること、宇宙があること

命とはなんなのか

 

 

あとタバコをこの世界からなくしたくなってきた

隣の人たちがタバコをベランダでしかも夜中に吸っているから、寝ている間に自分の部屋がタバコ臭くなるのがやっぱり辛い

部屋に空気がこもる感じがいやで寝るときくらい窓開けたいと涼しい時は開けるようにしてて

それでもタバコくささに気づいたら窓を閉めることにしていたけれど

昨日自然の流れだと思って受け入れよう、と窓を閉めないでいたらシーツがタバコ臭くなってそのあとかなり格闘した

どうせ隣の人たちは、誰かに被害を与えるとかそこまで考えずにベランダでタバコを吸っているだけなんだろうなと思うとどうしたらいいかわからない。

もはや、眠れなさすぎてライターをつけるカチッていう音で「きた」と思って臭いが来る前に窓を閉めるようになれたのが収穫か。

夜中の2時とかに吸いに出ないでよと思ってしまうけれど

ここに引っ越してきた私が悪いだけなんだろうと考えると、どこでなら生きられるんだ、という気持ちにはなる。

私が我慢すればいいだけだから、と思ってもどこかで我慢ができなくて余計調子崩す。

こういうマンションは結構辛いとよーくわかった。

同じ用に作った部屋が同じ向きにひたすら並んでるだけで、誰かに飼われている気分。

飼育するなら楽だろうな、こういう作り。なんてね。

 

 

よくわからない疲労感に苛まれているよ

 

 

マチネの終わりに

  • 2019.08.20 Tuesday
  • 22:43

マチネの終わりに」平野啓一郎

 

相当流行っているぽいけど、やっぱり恋愛小説だから?

恋愛は、したことない人探す方が難しいくらい感情移入しやすいってことだろうか。

 

この人の「私とは何か」を読んでそれがすごく説得力あったから、小説も書いてるなら読みたいって思ってて、

とりあえず読んだ。

頭のいい人の書いている文章ということはわかるよ・・・わかるけど、あんまり難しいこと言われてもついていくの大変だよって読みながらチラチラ思った。

途中ちょっとたいくつになり、特に男の方にも女の方にも感情移入できなかったのでもう読むのやめるか・・・?と先をめくったら、意外なことがありそうだったので頑張って読んでいたら面白くなって最後まで読めた。

京都大学卒さすがです、という気持ち。

学歴信者なんかじゃなかったけれど、やっぱりなんだこの人は、って思う確率がどうしても高いのが東大京大とか、それはあるなと思ってきた。

最近作者の学歴やら経歴はすごいチェックするようになっている。

 

イラクとか、ジャーナリスト系の話は全く知識もなく、興味の持ち方もわからないのでほぼ字を追っているだけだった。

経済学者、リーマンショックの話は少しは知識を入れてたから、それはふむふむとなる。

元に知識があると、やっぱり本って読みやすいんだなあと改めて思った。

 

話は、綺麗事がなくてよかったとは思うけれど

私がわからないのはなんでそんなに強く思う人がいるのに、別の人と結婚して子供まで作るんだ?というところ。

なんとなくタイミングが合わなくて終わる関係というものは、まあわかる。

流れで結婚するも、まだわかる。

でも子供は、わからん。

それで結局子供のためを思って結ばれない????

誰が幸せになるん?それ。

 

強く思っている相手=結ばれたら幸せになる

ではないと思うけれどもね。

強く思っているからこそうまくいかないこともたくさん出てくるんだろう。

私は結婚っていうのは恋愛と別物だと思っている部分はあるし、したことがないからこそわからないのかな。

ただ、もし強く思っている相手が死んでしまったら、一番強烈に結ばれるとは思う。

現世にいないということは、それだけで相手を縛る能力がある気がしてならない。

お互い生き続けながら理想の形を求め続けるっていうのは不可能に近いんじゃないかなーって思うのは夢がないだろうか。

 

読みごたえはあったけれどまた読もうっていうものにはならなかった。

恋愛小説は難しいな。私がへそまがりだからな。

 

あと、事実を知る前の自分と知った後の自分ではもう世界がちがうっていうのはパラレルワールド的な話?って気になって

この著者はパラレルワールドがあると思っているのかは気になった。

過去は変えられるっていうのは、アドラー系の話かな?と思いつつ。

 

一番印象に残ったのは

 

相手のことを心から愛せないという以上に、相手と一緒にいる時の自分を愛せないというのは、互いにとっての大きな不幸だった。

 

という言葉かもしれない。

これは、結構響いた。深い。

 

 

 

 

 

 

正常な、異常者

  • 2019.08.20 Tuesday
  • 22:04

やっと病院だ、とすごい準備して行ったら、予約入ってないと言われてしまった。

先月に、混乱してた時に電話して予約ずらしていたみたいで、結局それはすっとばしてて。

それでも待てば大丈夫と言われて2時間待った。

先生に引っ越した報告をして、最近の出来事やら思ったことをとりあえずばーっと話す。

「あとちょっとって気がするけどねえ」

と言われる。

何もできないっていう感じより、何かできそうなのに、何かがいまいちつかめていないんだろうね、みたいなことらしい。

たしかに無力感に苛まれているというわけではない気がした。

それで、もうここに通うだけじゃどうしようもない、もっと専門的なところで中身ごと変えられるところはないのかと聞いてみたら、カウンセリング的なところを紹介してもらえた。

・・・今まで紹介してくれなかったのなぜ?と思いながらも、医師免許か臨床心理士の資格がある人がいいと言ったのもクリアされているところだったので行ってみようと思った。

すごくよく勉強している人たちだから、きっといいと思うと言われた。

スピリチュアル系とかさ、なんとなく自分も乗り越えてきたから相談に乗れるとかいう人は、やっぱ専門的に学んでないから危ないと思うんだよ。

独学っていうのも、ちょっと不安。

どうやったら患者にまきこまれずに患者を救えるか、っていうことになると、独学だけじゃ厳しそう。

 

「どうにかしてって感じです!」

って自分が言い出して、自分でもよくわかんなくなったんだけど

何かをこんなにエネルギーを持ってやる気はあるのに、何もできなくて辛いってことらしい。自分のことなんだけど。エネルギーの使いどころがないことが、辛いのかもしれない。

 

大学院いきたいなら、哲学系にしたら?そっちは人気もないから閑古鳥ないてるでしょう、きっと通信大学からでも行けるかもよと言われた。

やっぱり私が知っているくらい有名なところは諦めた方がよさそうだった。

残念。

とりあえずテーマが決まらない限り、どこにも行くことはできないと悟る。

私はなんの研究がしたいのか。

人間の感情のあり方ではある気がするけれど、ただの心理学っていうのとも違うし、哲学でもあるんだけど、なんなんだろか。

 

 

渡してもらうものがあったので引越ししてから始めて父親に会う。

今住んでる街は嫌いだ、と力説した。でも隣の街が好きで、そっちにばっかり行っているし駅もそっちばっかり使っていると報告する。

勢いが止まらなくなってひたすら話をしていた。

母親のことは聞かなかった。

 

 

雨が凄い降りだして、帰るの大変かな?と待っていたら30分くらいして見事に晴れて、別世界になっていた。

こんな風に世界が変わっていくのは面白いなあと思った。

 

 

私は、おかしいって思っていたけれどそのおかしさは、想定内というか。

わたしだけがおかしいのではなく

正しくおかしいってわかってきた。

どうしてこうなったのか原因を探れば探るほど納得できて、それがある意味辛い。

わたしは特別なんだって思ってやりすごしてきたことが、結局全部特別じゃなかったわけだから。

正常な異常者だった。それだけなんだ。

 

 

 

 

 

 

 

低空飛行

  • 2019.08.19 Monday
  • 17:38

最近読んでいる本が、お金とか効率とかそういうものより大切なものがあるよ、っていう感じで、この流れはなんなんだろうなあ?という感じ。

最終的にはそうよねだよねという感じで、でもそういう本はもうお腹いっぱいかなと。

読んでいるうちから、他にも読みたい本が山ほどあるし知らなくて知りたいことが山ほどあるんだからこの本にそんな時間かけてられないよーとなってきて焦ってしまう。

これは、いいのか悪いのか。

なんかわからないけど相対性理論とか、量子力学の知識が欲しくなってきた。

うーん。

こればっかりはもう未来に行ってみないと今やっていることがどうなるのかはわからないのだ。

 

 

旅に出たいと思いながら

旅に出るということが、一体何になるのか?

今まで散々色々なところに行って、それでも自分が変われなかったり求めていることができなかったならもう行っても意味がない気がしていた。

どんな綺麗な景色見ても、自分がただ見て、ああきれいね。で終わって何かに消化できないならもったいないじゃんって。

でも、失敗はあって当然で、行かなくなったらもう何もないけれど行く限りは可能性が0じゃないかも、と思ったらやっぱり行った方がいいのかもと思った。

旅が答えなのかは、わからないけれど。

旅で面白い人に出会えるかもだしな。

 

the HIATUSのアルバムで、一個だけ聞いたことないのがあったことがわかって、「A World Of Pandemonium」というやつなんだけど。

これが意外と好きかもで、というか4曲目のSoulって曲がいいなと思ってリピートし始めたらそこから進めなくなってしまった。

だからまだ全部は聞いていない。

昔こういうの聞いてた気がするんだけど、mew?とかそういう雰囲気あるような。というかこのゲストボーカル的な人は誰なんだろう?少年っぽい声だけど。調べるにもネットが時間かかるから調べられず想像するだけ。それはそれでありかもね。

よーく聞くと、まっすぐ歌ってるわけでもなさそうでそうするとこの計算高さは大人なのかなっていう感じもあるね。

そういや、最新アルバムも4曲目がいいなと思ったんだった。

ライブでいいなと思うものと、家でいいなと思うものと、外で聞いていいなと思うものって違うような気はする。

でも最近は特にちょっと別世界に行けるような曲が好き。

映画の中にいる気分になれるような、感じだろうか。

 

家でネットができないのはやっぱり本当に不便だからwi-fi契約しなきゃと思いながら、なかなかしないでいて、お金だけ考えたら確実に契約した方が良さそう。

ネットしたくなって毎回カフェにいっていたらそれだけで契約よりお金もかかるし、なにより動画が家で見れないのが、結構辛い。

でも、まだ強い意志で流されないって思えないからもうちょいこの不便さを続けるべきかもしれないとも思ったり。

毎回違うカフェに出かけるっていうのは、それはそれで面白いんだけどね。

チャリで30分以内ならこの辺は道が平らだからなんの問題もなくすいすいいけると気づく。

というか、この辺はやっぱり生まれ育った街に少し似ていて、だから落ち着くというか、変な気持ちになる。

こんなのって、前に住んでた街だったらなかったから不思議だ。

 

 

明日は実家の方に行くけれど、帰らないと決めているので

どうしようかなあ。

 

ファミリーロマンスって会社あったような

  • 2019.08.16 Friday
  • 22:22

ただの頭の整理。

 

すごい辛いことがわかりながらも、ここをどうにかしないと何にもはじめられないからとアダルトチルドレンの本を進めてみたけれど、やっぱりあまりに辛くて、顔にまたじんましんまででてきてしまった。

流石にもうストップ。

書いてあることがすんなり飲み込めるわけでもないし、どうしたらいいの?となりながら。

 

もしかしたら、私の中で一番大きな問題って、家の中で「無視」されてきたことじゃないかと思ってきた。

存在をではなくて、感情を。

多分、その前までに色々蓄積されてきていて、もう無理となったのが14歳で。

死にたいといっても勝手にしてと言われ、15歳くらいから泣きながらご飯食べていても何も見ていないという感じにスルーされ、17歳くらいから大声で泣き喚いてもスルーされ、家を破壊しても何も聞き入れてももらえず。

どんなに大声張り上げても「近所迷惑」という理由だけで怒られ。警察よぶよと言われた時、警察がこんな変な環境から助けてくれるかもって期待したのに結局呼んでももらえず。

信頼できる大人は誰もいなかったので誰にも相談もできなかった。学校では何もないかのようにすごしていた。

できること全部しても私の気持ちは一個も考えてもらえなかったんだな。

 

そういえば、高校生の時に私がたどり着いた結論で

本当の親は別にいて、変なひとに育てられちゃってるだけ。というやつ。

本当のお母さんもお父さんも優しくていいひとで、仲良しで。

でもどうしてもの理由で私を手放したんだって思ってたんだけど。

だからこれはただの育ての親だからって自分の意識から切り離したりしてた。

だって常に喧嘩してる声とか聞こえてくるのもこわかったし。こんなに愛情のかけらも持っていない人と血が繋がっているって思いたくなかった気がする。

これはフロイトが提唱していたファミリー・ロマンスというものらしい。

ちゃんと、もう色々なことに答えがでているんだね、私だけのことではなく、私だけがおかしいわけではなかったみたい。

 

今でもたまに、本当のお母さんいるなら会いたかったとか考えちゃったりして、それだったら私の今の重荷全部なくなるのになって。つら。

 

あとは、最初に付き合った人とすぐに同棲をはじめて、やっぱり全然お互いダメで。お金もなくて。

喧嘩した時に殴られて、腕に痣がありえなくらいできてたんだけど、私にしては別に普通だったから隠したりもしないでいたら

それを見た大学の時の仲間に「大変だーなんて人と付き合っているんだ」って言われて、「え、大変なの?」ってなったことを思い出した。だってその前に親に蹴られて顔に痣できたりもしてたから、正々堂々と戦ってできた痣くらいなんてことないって思ってたんだよ。

「女の人に暴力振るう人って基本的にだめだよ」

って言われて、びっくりした。

親はそういうこと、思ってもいないから。私に痣できてようが、誰に殴られようが無関心。

そういうところが、やっぱり変な人しか選べない人の特徴なのかなと思ったり。

 

 

もうねこれだけは思う。

適当な気持ちで子供を作って育てたりすることはこの先誰もしないでほしいってさ。

その子供もズタズタだし、もしその子供が殺人犯にでもなったらさらに巻き込まれた人もズタズタで、本当に辛いことしか起きないから!って。

 

 

 

空洞

  • 2019.08.16 Friday
  • 12:02

子供を生きれば大人になれる」クラウディア・ブラック

を読み始めた。

私が今何のためにここに存在しているのか思い出した。

言葉が以上に刺さるので、苦しくなり過ぎて2章の途中で読めなくなってしまった。

すっごい泣いちゃうし、久しぶりに過呼吸になりそうだし。

図書館で読まなくてよかった、と思った。

 

つまり全然前に進んでいないってことなんじゃないかと思うと、やっぱり今更進もうって考えることが、間違いなのかもなと思ったり。

一応、いつからでも大丈夫って書いてあったけれども。

 

乗り越えるべきものが大き過ぎて、途方にくれている。

 

 

思ったけど、「毒親」って言葉は親を中心にした言葉で、アダルトチルドレンっていうのは子供を中心にした言葉で、同じことを言っているだけなのかもしれない。

私はアダルトチルドレンです。という人はあんまりいないけれど、毒親育ちです。という人がたくさんいるのは、なんでだろう?

 

5、6年前に依存症のカウンセリングに行った時、機能不全家族?とかそういうので育っている人たちのいるところに行って話をしたら、と言われたのを急に思い出した。

なんかプリントもくれた気がするんだけど、まああの時は相当に狂っていたからカウンセリングも途中で行かなくなったし、ほとんどのことはなかったことになっている。

夢だったと言われれば夢だった、で終わりそうな。

 

 

専門家に助けを求めてください、とあっても、今の精神科の担当医は違うのか?

医者というものが薬を出すためにいるなら、薬に逃げたくない私はもう先生の患者でいられない気がしていて、でもじゃあどうしたらいいの?となる。

元の先生の話をちょっとだけ聞き来たいと思って行くにも、今担当医がいるなら、うちでは見れないからと断られちゃうし。

カウンセリングも、胡散臭いの多過ぎてもう探すこともできない。

せっかく探しても、合わない人で、落胆して、お金だけなくして、っていうことを繰り返す自信もない。

間違いないと思う人は何年も待たなければいけなかったり。

 

 

よく考えたら人に否定をされない毎日って、まだ1年ちょっとしか経験してなくて。

未だにこんなことはありえないとどこかで思っている自分がいる。

ほとんどの人と接していないから、たまたまだよって思っていたりもする。

人生の大半は否定を誰かしらにされてきたし、自分でも自分に対してしてきたし。

それを消すのに同じだけの年月がかかるなら、もう無理でしょ、となる。

 

超肯定環境というものが、ひたすらにプラスなイメージを脳に与え続けるということができれば。

入院して徹底的に脳に何かするとか。

潜在意識の部分から変えることができるのなら可能性はありそうだと思うけれど、現代でそういうの出来るのか

英語を高速で寝ている間に聞いていたらマスターしたとかそういうレベルの話みたいな。

自然の時間の流れに任せていたら間違いなく終わらないよって気はする。

 

 

気づくとやっぱり親のこと考えちゃうし、電話でもしてみるかな、とか思っちゃうけど

電話したら「理想の親」になっているという期待の気持ちが大きいだけで、だから電話して落ち込む可能性の方が高いんだぞ、となんとか忘れるようにしている。

 

 

普通になれるならなりたかったよ。

なれないからこそ望んでないんだよ。

なれるよ、とか何もわからないひとに言われるのも嫌なんだよ。

心がチクチクしかしない。

出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと

  • 2019.08.15 Thursday
  • 22:59

出会い系サイトで70人と出会ってその人に合いそうな本をすすめまくった一年間のこと」花田菜々子

を読んだ。

すごい期待していたわけじゃないけれど、出会い系サイトわたしも人と話す、つながりを増やす。っていうことで上手く使いたかったのに使えなくてもやもやしていた。

この人は本をすすめていたとは?どういうことだ?どうやってできたんだろ?という純粋な知りたい気持ちがあって。

だって、私のイメージ出会い系サイトって結婚する気ありますか?付き合う気ありますか?とかそういう人ばっかりで、ただ面白い話をしたいんですといったり友達欲しいと言うと時間の無駄させるなと怒られる感じがしたからね。

それで本をすすめてどうなったの?っていうことが知りたかった。

 

ちなみにこの著者、全く知らないし表紙の絵からしてチャラい感じの人なのかな?という印象だった。

でも、読んでいくうちにちょっと考えてることが私と近いかも、と前のめりになっていく自分がいた。

そんで読み終わって確信に変わる。

この人がやっていること、やりたいことって根本の部分がわたしと同じなんじゃないかなって。

本屋さんをしながらも、その人にあった本をすすめるということを今もやっていて、

あとがきに、わざわざ遠くから花田さんに本をすすめてもらいたくて書店まできた人の話があった。

 

こんなふうに知らない誰かの役に立てることがあるとすれば、それはやっぱり最高に幸せなことだ。

・・・

本を介してなら、気持ちを押し付けることなくこんなふうに知らない人と気持ちを交換できたりする。

 

こういうことなんじゃないかな、わたしの求めているものって!!!!という気持ち。

最終的にたどり着くのは言葉を超えた何か。

花田さんも夜の仕事をしていたことがあるみたいで、やりがいがあったと言っていて、だから一対一で話す基礎はそこでできてるのかもなと思ったり。

わたしも対話での手応えってわりと掴めるタイプになったと思っていて、そこから何かを引き出せるのでは?でもなんだかわからない・・・そもそも夜はお酒も入っていたし、目的があって飲みにきている人ばっかりなわけだから、通常状態で、何も求めてない人を目の前にしたらどうしていいかわからないかもなあ。とかいろいろ考えていた。

ちなみに花田さんの使っていた出会い系っていうのは、30分だけあって話しましょうというコンセプトらしかったので、すごいいいじゃん!と思った。時間が区切られている方が修行だと思っていく人間には都合がいい。男女の出会いというものよりは違うものに見えた。(とにかく人間調査がわたしはしたかった。。。)

それでも明らかに変な出会いを誘発してないのに変なおじさんとか、いっぱいいるみたいだった。(最終的にきもいおじさんに心砕かれてたし。しかもそのキモさの大元に気づいていたのが、それが私が気づいていたことと同じだと思った)

でもそれを超えるいい出会いがあって、この人のなかの色々悩んでいた答えにもつながり、現在に通じている。

心の底からすごいと思った。

途中に出てくる悩みがね、わたしの今と似てる

 

私の天職は何なんだろうか。それはヴィレッジの中にしかないものなのか。それとも本屋が天職なのか。いや、そんなことよりももっと低いレベルの話で、単に自分でいられる場所がないから、なんとか自分がやっていける場所がほしいだけじゃないのか。でも、私だってもう「自分が自分が」という、自分が世界の中心だった10代の頃はとっくに過ぎている。私だって誰かの役に立ちたいのだ。

 

ヴィレッジっていうのは、この人がヴィレッジバンガードで10年働いていたということを指してる。

ヴィレッジバンガード変わったってあったけど、それはなんか分かる。だってもうワクワクしないもんね。行っても。

数も増えちゃったし、個性的な部分が好きだった人からしたら今は枠の中におさまってるなーっていう気持ちはどっかにある。

それが経済の中で生き抜くってことなのかもしれないけれどねえ。

 

あとはこの人が最終的に、自分の行動から自信を得て、会いたかった人に会いに行って、たどり着いたこの答え

 

もう普通の幸せはいらない。恋愛も結婚もいらない。お金も安定もいらない。何もいらない。ただ今日見た光を信じて生きていこう。

 

私は別に会いたい人にあったわけじゃないけれど、すっごい同じ気持ち。って思ってしまった。

多分私も信じている光があるから生きているだけ。

でも

私が会いたい人って、いるんだろうか?それは誰なんだろう?

会える範囲で考えるのではなくて、本当に心から会いたい人。会って話してみたい人?なのか?

そこには生きるためのヒントがある気がする。

 

ただね、一番違う点は、私は本が別にそこまで好きじゃないってことだろう。

だから本じゃないんだよ。だからこそこの人にすんなり共感できているんだと思う。だってもし私が本大好きだとか、本で人に何かしたいとか考えてたら悔しいっていうか、負けたっていうかそういう気持ちにちょっとはなりそう。

でもそういうのはない。

ただ、私なりの方法で、精神的にこういう場所にたどり着けたらいいなあと思える。

それって何?って感じなんだけど。

私ってやっぱり自分で無から作り出したい人だし、誰かの作ったものを他人にすすめるってことじゃないだろうなあとは思う。

 

音楽はここに結びつけるものなのか?それさえもわからない。

 

でも、こうやって自分のしたいこと、やれることを見極めながら常識にとらわれず生きている人がいるってわかったら私もまだ何かやっていけるんじゃないかと、思える。

希望に見える。

だからすごいこの本を読んでよかった、と思った。

 

 

ちなみに早速その出会い系のページを見に行ってみたけれど、5年前くらいの話っぽいのでもう廃れている感じがした。

前を知らないけれど、パッとみた感じ活発に動いている感じじゃなかった。

本当に誰かと話す修行をしたいなって思うことは多くて、前に話す系のオンラインサロンに行った時は、主催者の人はココナラがそんなに爆発的に提供者が増える前だったのか、五百円で受けてひたすらそれを繰り返して数をこなして話すスキルを上げましたって言っていてさ。

もう今はあまりに人がいすぎて、何をやるにも、五百円にしても検索にもひっかからない感じだった。

 

コーチング習いに行っても、すでに1時間何千円からの世界だし、自分の1時間の価値を何十万円にすることがコーチングする人の目指すところ!的な感じだったし、誰かの役に立つ以上にお金の匂いがすごいする気がした。

お金払えない人は、相手にしないだけで、病気の人はカウンセリングに行ってもらいましょう。コーチングは目標に向かうものなので、プラスな人しかこないし、質がいいです。的に言っていたと思う。

 

お金を考えずに誰か目の前の人を元気にする的なことをしてみたかったのかもなーって思った。

それは、性欲とも別の話でさ。だから男女問わずで。

でもそういうの、どうやって動いたらいいかわからず終わっていた。

本当に度胸があれば、街でどんどんいろんな人に話しかけて、ちょっとだけ話しませんか?とかできるんだけどそれはね、さすがにできなかった。

だけど誰かと濃い話をしたいという気持ちは、すごいある。

なんなのだろ。趣味が濃い話を対面ですることなのかな。

内面的なさ。

短い時間で濃い話を引き出せるような会話ができるようになってくると、日常生活の世間話がつまらなくなってしまうって花田さんも書いていたけれどなんか分かる気がした。

当たり障りない会話とか、スーって終わっちゃうからね。

 

わたしは常に勝負がしていたいのか?

 

 

行動から未来は見えてくるのかも、って思うと人との接点をどんどん作っていかないとなと思える。

今はそんな気持ち。

欲まみれの生活

  • 2019.08.14 Wednesday
  • 22:32

今年結婚式をあげた友達のお店に遊びに行く。旦那さんがはじめた可愛いお店。

お店に行くのは初めてだったので、想像よりいい感じで、すごい!となる。

お盆休みだからおやすみって張り紙してあるのに、中にいると入ろうとする人が結構いて、お店に来たい気持ちの人がこんなにいるんだ、なんだかすごいなあって思った。

 

友達が同じバイトの時に居候に来ていたのが、三ヶ月。たった三ヶ月のような、三ヶ月もいたのかというような。

その時置いてくれなかったら今のわたしはなかったよと言ってくれて、わたしはでもあの時冷たかったよねってごめんねってなぜか言ったりして。

わたし的に、妹みたいな気持ちなのかな。

こんなに幸せに向かっているだれかを嬉しく感じるとは、という感じ。

いろいろあるんだろうけど、それでも前を向けていることがすごいというか。

 

やっぱり友達で居続けられるひとって少ないんだ、とわかるってくる。

住む世界が変われば、関係が続かないのは仕方ないよって、そういうこともきっとあるんだろう。

好きとか嫌いとか、そういう感情以上に、重要なことがあるのかもしれない。

バイトやめる時に「やめてもご飯行こうね」、とか「遊ぼうね」とかそれは必要な社交辞令だっていうこともやっと理解してきた。

いっつも小さく期待しては裏切られたきがしてきていたのは、そういうことだったみたい。

自分はろくに人に何もできないくせに人に期待するだけしてたのかもしれない。

何を望んでいたのかも、わからないけどさ。

 

過去の生き方を間違えたなとは思わないのだけれど、もっと人のことを考えて生きれたらよかったなと思うことはある。

随分自分のことばっかり考えてきたような気がする。

誰かのためにもっと何かできたんじゃないかと、それはちょっと心残りなような。

 

寂しい生活」稲垣えみ子

を読む。なんでこの本を読もうと思ったのか、思い出せないんだけどこの人の言うことはすっごいわかる、と読み終わる直前ちょっと泣きたくなった。地震による原発事故を機に、考え方が180度かわって、電気もほぼ使わず、ガスも使わず、家電もほとんど捨てるという現代に逆らった生活をしている人らしい。

よっぽど強い意志がないと、こう言うことはできないんだなというくらいありとあらゆるものが考える隙もなく「あった方が便利でしょ」と生活の大半を占めていると気づく。

一度手にしたものを手放すことはとてつもない勇気がいると痛感する。

わたしなんて、家のwi-fi環境ごときを手放そうとして、それでもないとやっぱりだめだーとなっているくらいだ。

一応速度制限で全く見れないわけじゃないのに、それでもイライラするし、動画はまず無理だしさ。生活が窮屈だ、と感じる。でもそれと同時に、ネットが自由に使えないっていう「自由さ」を感じていたりもして。

だって寝る前に無駄な検索絶対にしなくてすむ。

布団に入りながらスマホいじることは100パーセントなくなった。

 

今手にしているものは、本当に必要なのか。

それを持っていることによって生活は本当によくなっているのか、自分はよくなっているのか。

それがなかったら生きていけないのか。

そういうことを考えて、必要なものだけ手にしている人はどれくらいいるんだろう。

人間の欲が全てを生み出しているとあって、欲って本当に度を超えてしまうと恐怖でしかないような。

人間の欲を利用して、お金を生み出すのも人間。

便利になるっていうことは、自分の持つ能力は下がるって言うことなのかもね。と思った。

 

 

自分は自分のことを殺せないだろう、と言う気がしてきた。

だとしたら、生きたいとか生きたくないとか、そう言う個人的な感情はどっちでもいいんじゃないか。

だって結局今、ここにいると言う事実だけがすべてなのだから。

欲を考えるよりも、もっと大事なことがあるんじゃないかと、いう気がしてきた。

存在している以上できること。

自分のことなんて、もうどうでもいいのかもしれないな。

 

 

 

 

 

 

 

カーマイン・ストリート・ギター

  • 2019.08.13 Tuesday
  • 17:41

 

映画。「カーマイン・ストリート・ギター」

これは存在するお店の名前そのものらしい。

ふと映画館の前通りかかった時に、なんとなく気になったので見てきた。前知識を入れずに。

どうやら廃材をギターに変えるという職人技でギターを作っているお店らしい。

ニューヨークのグリニッジ・ヴィレッジという面白そうな街にあるという。

ドキュメンタリーなので、こんなお店が実際にあるって言うことにすごくワクワクした。

なんだか夢の世界。

この人たちのしていることってなんて素敵な仕事なんだろう、と心から思った。

 

リックというおじさんと、シンディという可愛い女の子の弟子の二人。

あとはリックのお母さんがお手伝いをしている。

シンディは5年前に弟子になりたいと言って弟子にしてもらったらしい。

シンディの誕生日を、リックとシンディの友達でお祝いするところがすっごいよかった。

ギターの形のケーキがあって、ささやかな幸せというのはこういうことかな?と思った。

「ここにきてなかったら私はどうなっていたかわからない」というようなセリフが刺さった。

この人は、自分の人生を自分で選びとっているなって気がした。

リックという人は、お店をはじめたわけだからもちろんすごいけど、それがこうやって世代を超えて伝わって行くことがすごいなあと思った。

お店に来ている人たちも、その会話も全部よかった。トゲトゲした感じも全然なくて。

ギターに愛情がある人ばかり。

 

私って未だにギターが木からできているという実感が薄くて、だからピカピカで綺麗な色のボディだったらかわいい!何でできてても気にしないし!とか思ったりしてたんだけど、せっかく木でできているのなら、木を活かしたものってすごい素敵じゃないか、と今更感じる。

そしてその木の歴史を感じられるなんてそんなすごいことない。

わたしのとことん変なものがいいっていう考えは、意味自分がないからものに頼りたいってことなんだろうか?という気もする。

このお店のギター触ってみたいな・・・という気持ちが芽生える。どうやら映画に合わせて観光ツアーも組まれているらしい。

まあまあに高い。

でもアメリカなら英語だし、自分でいけるだろという気もしないでもない。

ちなみにこの前楽器屋さんでギターの作り方という本があってちょっと立ち読みしたけれど、すっごい大変そうだった。

面白そうだったけれど。

 

いろんな場所が変わってしまって、でもここはずっとこのままで存在してくれて嬉しいって言われてて、そういうことだよねと思う。

リックが、

「ずっとあるよ」

と返事しているのがすごいあったかい気持ちになった。

 

結局生き残るために、とかもっといろんな人に届けるためにと言い出して、効率化だとかはじめて、デジタルを持ち出しちゃうとどんどん人間味がなくなっていく。

授業でやった小売店のデジタル化がつまらないなみたいな感情に、なるだろうなあ。

現在のギターの購入層がどうのこうので、とかそういうデータ分析からこれが流行るとか作るようになったらなんだか切なすぎる。

こういう場所がそのまま存続してくれるっていうのは、未来に対する希望な気がした。

わたしは。

古い建物が壊されて新しいものに変わる。それ自体は時代の流れの必然でもあるし、悪いことではない。

でも、建物の歴史だとか、そこでどんな人たちが生きていたのか。

そういうものを忘れないっていうことは大事なのかもしれない。

 

 

とりあえず

ずっとこの映画の世界の中にいたかった感覚のまま終わった。

夢でもみてたのか、という気持ち。

 

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