生まれ変わるしかない

  • 2019.06.18 Tuesday
  • 22:17

最近、もう本当にただただ眠い。

昨日は確かに寝ているのか寝ていないのかも曖昧な感じなまま朝になった。私の本当の親って結局誰なんだろう?って思ったりした。

親を捨ててもいいんだ。捨てよう。って思ったら気持ちがスッとして、まだ生きれる気がした。

とりあえず出て行こう。どこか行けるところを探そう。

そう思ってシェアハウスを探してみる。でも、もはや今のシェアハウスって自分で家借りるより家賃が高い。それで普通に家借りれない人が借りれるの?と思ったらやっぱり怪しそうだ。一年契約の定期借家ってあったり、シェアハウスってセーフティーネットじゃなかったのか。

でもあんまり安すぎるところに行くととんでもなくストレスがたまるらしいので、何が正解なのか。

だんだん不安になってくる。ここにいたら何も始められない。何もできない。

結局どこにも行けなかったらどうしよう。死んじゃうよ。

 

でも。まだ焦っちゃダメだ。

 

 

前のバイト仲間の女子会、お寿司食べ放題に参加した。18貫食べて、よくたべたねと褒められたけれどなんか満腹中枢が壊れているのか全くお腹がはちきれそうって感じがなかった。でも食べたい!!って気持ちでもないからやめたけど。みんな自分でちゃんと生きてて楽しそうだし、えらいなーと思う。

またみんなと働いたら楽しいけれど、自分の道を探さなきゃいけない。生きるとは前に進むことだ。

 

 

どろろの最新話がもう全然ついていけなかった。

でもね、百鬼丸って親を筆頭に全ての人に生きることを否定されている気がして辛いだけじゃんって思ってたんだけど、みんなが百鬼丸さえ死ねば治るという中でどろろだけが、だからって百鬼丸は犠牲者なんだし、死んでいいわけないって訴えてて、なんかそういう人がいて幸せじゃんって思った。

 

 

もう誰かを憎んだり、疲れたからただただ自由になりたい。

誰のために死ぬことも生きることもしない。自分のために決めたい。

 

 

毒親のとどめ

  • 2019.06.17 Monday
  • 17:55

買い物に行きたいというから付き添ってあげた。そしたら親に謝られた。

「本当にごめんね。あなたがこんな風になると思わなかったから、わかってたら産まなかった。産まれたときは、ほんとに可愛かったのに。こんなになっちゃうなんて。」

失敗作がなぜまだ生きているんだと言われている気がして悲しいと思った。

そんなこと言われても消えられないし、どうしたらいいんだろうか。

毒親は自分がすっきりするために謝るってあったから、ふーんって感じだけど、それでも悲しい。

本にあった親は、子供にたいして「ごめんね」をやめて「ありがとう」に変えることができて、結果どちらも救われていた。



今日ちょっと仕事に興味がわいて求人見ていたけれど、やっぱりせっかく興味がわいても面接さえ受けれそうな所もないし、生きたいと思うことが無謀なのかもしれない。

生きていられないのと不幸は別問題で、自分がそんなに不幸だと思ってなかったけど、不幸なだけかもしれない。


これでもこの先のことを常に色々考えているのだけれど、親は人の役にたつけれどお金にならない仕事はダメだと言っていた。人の役にたたなくてもまずはたくさんお金を稼ぐことが全てだと言われて、何てかわいそうな人なんだろうと少し思った。お金の信者。そういう風にお金を追い求める人は一生幸せなん来るわけない。だからあの人は一生苦しい。一人で苦しむならまだしも、そこにありとあらゆる人を巻き込む。

底無しの地獄がある。



パワーを奪われて、すぐに行くところ探せない。ちょっと逃げられる施設があればいいのに、そういうものもない。

でもここで逃げないともうダメかもしれない。どうするか。


今、親は泣きわめいているが

私は、冷静だ。

毒親は結局捨てるしかないのだろうか。無力だな。


毒親続き

  • 2019.06.16 Sunday
  • 12:47

高橋和巳「子は親を救うために「心の病」になる」

を読んだ。この人の本に出てくるカウンセリングを受けにくる人たちの話は、本当に身近だなあと感じる。自分みたいな人がいっぱいいるんだと気づかせてくれたのはこの人の本だった気がする。

 

この本で発達障害の母親を持った40代の女の人の話があって、それがかなり自分の母親と同じでびっくりした。やっぱり私の母親は発達障害なのかなあ、医者には統合失調症と言われているらしいけれど。

で、自分が普通だと思えない人たちっていうのは「社会的な存在感」がないということらしい。「普通」の人には当たり前にあるものなのでないということはあり得ないものらしい。こういう人たちは孤独ではなく孤立しているという言葉が合うらしい。他人との共感ができないかららしいのだけど、私は全くできないとは思わない。でも楽しいことに関しての共感は薄いとは思う。苦しみだとかそういう負の感情に対してはものすごい共感をしてしまうから疲れてしまう。

ここでこの先生は大人になってから「社会的な存在感」を取り戻すのは不可能かもしれないと言う。解決方法を教えてくださいと言われても答えられないとあった。こういう人たちは、そんなものはないという前提で生きていくしか道はないみたいだ。だからないということを受け入れるということみたいだ。そっか、と残念な気持ちになった。確かにもう成長してから親の役割してください、と誰かに言ったって引き受けてもくれないだろう。大人になってからの唯一の方法は、子供がいるなら子供が変えてくれるってあった。なんだそれはという感じ。自分の感情の実験のために子供を作って育てるの??となったけれど子供を作れるくらい普通の感覚があれば戻れるってことなのかもしれない。

親の虐待についても、明らかに周りから見て悪な親だったら、その方がいいらしい。あれが悪なんだって判断基準ができるから。悪なのか善なのかわからないという親が成長に一番損害が出るらしい。他人から見たらいい人とか。

 

コフートの話にもあったけれど結局は人間関係がその人を作るってあった。ずーっと誰も認めてくれない環境にいたら、誰も尊敬もできない環境にいたら、その人の心はやっぱりおかしくなる。人間関係は、運なんだろうか?周りの人を見渡した時に、自分に必要な人を見分けられる力があるかないかは、中核自己によるとあった気がする。DVの人ばかり選んでしまう人は、歪んだ感覚しかないということだし、私も自分を傷つけてくれなきゃ嫌だというものがあったみたいだし。今も正常に作用しているかわからない。たまたまそういう人に出会っていないだけで思う存分振り回して傷つけてくれる人がいたら自分はちゃんとついていけず逃げられるのか自信はない。どうしても傷つけてくれる人といる方が辛くて苦しくても生きている感覚がある。それはずっと傷つけられてきたからなんだろう。

でも、もう辛いのも苦しいのも嫌だよと心の中に残っている正常な自分から聞こえてくるから今は動けないでもいる気がする。

 

 

私の知り合いにも、よくわからないけどダメ男を選んでしまう人が多くて、だいたいそういう人は心に障害を持っていて、なんか関係あるのかなあと感じる。話を聞いていると、どうしてそんな男選んだ?と冷静に思うんだけど「優しくしてくれた」「好きって言ってくれた」みたいなそれだけで、心が正常だったら選ばないような、傷つけて来る人を平気で選んでいる。ただそういう人が魅力的なのはわかるんだ。あめとムチの使い方が極端にうまいんだろうなあ、多分そういう男は自己愛性パーソナリティ障害だったりするのかもしれない。

 

 

 

アニメも音楽も消費物

  • 2019.06.16 Sunday
  • 11:12

どろろの予告がyoutubeに出てきたので見た。前回に間に合っていなかった上に、手抜き感がさらに増している・・・

知り合いのアニメ製作してる人に聞いてみたら、製作会社もそれだけ作ってるわけじゃないから次の作品もあるし忙しいんだろうと返ってきた。ちなみにその人が現在製作しているものも、スタッフが全然働かなくてきついよーと言われる。

昔テレビで見てたアニメだったら考えられない感じだけど、もはや配信で見てるだけだし予算もそんなにないのかなあと感じる。後世に残るような芸術っていうのは衰退していくんだろうか。ひたすら消費されるためだけに作られていくものたち。その時、楽しく消費されればいいんだろうか。誰にもみてもらえない、消費されないよりはマシなんだろうか。

amazonのコメントで広告もないのに収入は大丈夫なんでしょうか?って人もいれば、製作会社のロゴを入れるだけで世界観が壊れる邪魔みたいに言ってる人もいた。

選択肢がないときは、見せてもらうって感じだったけれど今は見てあげるっていう意識になっているように自分でも思う。

 

近所のショッピングセンターでやたら弾き語りを行なっている人がいて、いろんな人じゃなくてその人ばっかりでどういう繋がりが?と思って調べてみた。そうしたら、ちょっと大きめの(1000人とか)会場でライブをすることが決定しているのでチケット買ってください。というツイート。最近こういうの流行ってるのか。「夢だったここでライブをやるのですがチケットが売れてません!ぜひ買ってください。」商法?まあまあ見かける。前にちょっと話した人に、個人でZeppを借りてしまってライブをした人がいると聞いた。別に驚かない。そんな人もいるんだろうなって感じで。でもそういう人たちってその人の音楽聴きたいからというよりはその人に協力してあげたいからでチケット買っている人が多いんだろうなとは思う。これだけ頑張っている人を応援したいという気持ち。音楽なんてやっぱり手段でしかなくて、それをやる姿を通じて自分のファンを増やしているということなんだろう。で、その人は結局成功したのか、何を目指してそれをして、その後どうなったのかと聞いたがそこまで知らないと言われた。そういうことを成し遂げた人は何を手にして次はどこに向かうのかが気になる。

 

 

何をしたら、救われるんだろうか?

 

 

完璧な自分という幻想

  • 2019.06.15 Saturday
  • 14:30

コフートの話を読んで色々考えたこと。

私は自分は完璧じゃなきゃいけない、そうじゃなくちゃ価値はないし誰にも認めてもらえない。と思っている。むしろもし完璧じゃないのに褒めてくる人がいたら詐欺だ、とさえ思ってしまう。「存在するだけで」認められるなんてありえないと思っている。だから死ぬほど努力しなきゃいけないと、常に追いまくられている感じがある。何をしても全然に休まらないし、劣等感や焦燥感と常に隣り合わせだ。

最近まで人ってみんなそういうものだと思っていた。

でも、その考え方は病的みたいだ。よく考えると、子供の時から褒められた記憶があまりない。なかったとは思わないけれど、あくまでも親の基準で褒められていたので、テストの点が良かったらなのか、誰かに優しくしたからなのか、そういう理由は一貫してなかった気がする。親の気が向いた時に褒められたりけなされたりしていたような気がする。

昨日読んでいた本にあったのは

褒められた記憶がない→自分は何をしても認められないと思う→完璧な人間になって完全に成功することを目指す

という風になるらしい。分かる気がした。考えれば考えるほど、自分は自分だ、と言いながらもどうしたら「誰か」に認められるのかという考えがどこかにある気がしてならない。ある意味自分がないからこそ、マニュアルに従うとか、人と同じようにすることに耐えられないのかもしれない。どんな規則にはめられても、中心に自分があったら不安にはならないのかもしれない。

 

コフート的には中核自己というものがあれば精神分析できるがそれが育っていない場合はできないということらしかった。

中核自己がない人たちは精神病だとか、ボーダーラインと言われて治すことが難しいらしい。自分では、今のところあるのかがわからない。全くないとは思わないのだけど・・・中核自己は育てられ方次第らしい。

あと、精神病というのは基本幻覚や幻聴で全く同意できないような話をしてくる人のことらしく、私はそういうものは今の所ないから精神病でもなさそうだ。

 

毒親の本にはだいたいされたことを全て洗い出せとあったのだが、トラウマは必ずほじくりかえさなければいけないと言うことではないらしい。むしろ、思い出す事によって悪くなる人もいるらしい。

真実が全てじゃないのかも、と思えてきた。両親ともに私に吐いた暴言は覚えていないらしく、でもそれを今に一生懸命説明して、思い出させてどうするの?と感じる。もしかしたら、親にしても忘れたいくらいの過去なのかもしれなくて、意図的に脳から消してるかもしれない。もしそれを認めてしまったら、自分は揺るぎない悪い親だと認めてしまうことになる。

「死ねなんて言った記憶はない」と答えはくるが、生きて欲しいなんて言ってもくれないわけで。多分、小さい頃から自分がなんなのかわからなくて親から「生きて欲しい」と言う台詞が欲しかったのに、絶対に言ってもらえなかった。もちろん今でもない。

今は「死にたいとか生きたくないとか言うな、そういうの困るからやめて」になっただけ。

 

今日は久しぶりにジムで具合悪いかもとなって、お腹いたくて吐きそうで、動きを止めると治るんだけどそういうわけにもいかず、途中退室もする勇気がなく、かなり辛かった。すごく長く感じたし、いつもきれいだと思えるライトが眩しくて怖かった。

前に常に今日は大丈夫かな?と不安の中ジムに行っていた時あったなと思い出してその時に比べるといま少しは強くなってるんだなと感じた。

 

さらに久しぶりにお客さんたちと出かける。知り合いのママさんと、そのお店の人たちと。お酒はやっぱり不安であまり飲めなくて、まあ仕事じゃないしいいかと思っていたら、ママさんの「お客さんとご飯に行っても休みだからって飲まない子がいるんだけど、あり得ない。だったら来るな。」という話をされてお客さんも同意してて、私はもうダメかもしれないと、感じた。

みんな前日はどうだったとか、二日酔いだとか話してて仕事ちゃんとしててすごいいしかっこいいって素直に思ったけど、私はもうできないって思ってしまった。

私的に、お酒を飲んで騒ぐというのはなにかをしている人たちの話で私には私のために飲む権利はないと思ってしまう。でも飲むことが仕事なら、身体を壊してでも飲む。それで喜んでもらえるなら。やることが極端なんだ。中間にいられない。

だから仕事なのかなんなのかわからないと自分で自分をどう言う風に持っていったらいいかもわからない。役割がわからない。

仕事をしているという実感が持てたのは、お客さんが払うお金で、お金はみんな苦労して手に入れたもので、それを削ってでも一緒に飲みたいと言ってくれるのだから私は必要とされているのだろうと思えた。お金が欲しいという気持ちでと言うより、お金というみんなに共通した価値で評価してもらえる気がしたことが私には分かりやすかった。

お金お金言うなーと言われても、私は親との関係も愛情ではなくお金なので他に何で計れるの?と思ってしまうところはある。だから昔もっと自分に対して何にもなかった時、好きな人にお金を渡すこともできたんだろう。これは私の愛情だよ、わかってね、と勝手に思いながら。

 

帰りはまた腹痛。精神的なものなんだろうか?

 

人との対話は興味もあるし楽しいけれど、この先それをお酒抜きでやってみたいという願望はあると思う。

 

不調の原因。考えられるとしたら、私みたいなひとをたくさん見てきた先生の書いた本に、大人になってしまった人は救えないと書いてあった気がしたから、暗い気持ちになっているのかもしれない。まだ全部読んでない。たまたまそこの部分だけ見た。

 

お腹痛い

 

 

 

 

精神分析

  • 2019.06.14 Friday
  • 22:51

コフートという心理学で有名な人がいるらしいのだが、毒親の話で割と出てくるから気になっていた。フロイトより後の人だ。見つけた本が和田秀樹「壊れた心をどう治すか コフート心理学入門供廚箸いλ棔1は読んでいないけれどこれしかなかったので読んでみた。すごく発見があった。

コフートが目指していたのが、患者が完治するこいうことではなくて、正しく依存をできるようになるという状態らしい。なるほどという感じがする。他人に依存っていうのは絶対にしちゃいけないものだと思っていたのだけれど、そういう事ではないらしい。助けて欲しい時にきちんとSOSを出せたり、そういうことなんだろうかと。昔は誰にも悩みを言えなかったし、自分はおかしいと思い込んでいた。これだけおかしいのだから精神病に違いないと、高校生で思っていた。でも誰にも言わなかったし誰も気づかなかったと思う。今は少しは人にも内面的な話ができるようになったと思う。前よりはだけど。あと、ネットで悩んでいる人の話がすぐに出てくる。不思議なことなんだけど、顔も知らない人の内面がいっぱいある。そういうのを見て、私だけじゃないんだなって思う。それで精神分析の話を読むと、自分が意外と典型的なタイプで、すっごくわかりやすいと気づく。「私にしかない異常さ」だと思っていたものが、「まともな異常さ」らしい。そういう風に育てられればそうなるよ、と本にたくさん書いてあった。今まで知らなかっただけ。

読んでいたら有名大学を出た優秀な人が宗教にハマっていく心理も理解できた。

もっと色々理解を深めたい。

 

この前担当医に、精神鑑定は人を殺さないとしてもらえないのか?正常か異常かは普通には見てもらえないのか?ときいたのだけど、そもそも精神鑑定っていうのは責任能力の有無を図るものだからその人のためにやっているわけではないんですよ、と言われた。

精神分析というものがあるのは知らなかった。でも、お金かかるから一般人は受けれないらしい(アメリカ。日本はわからない)。カウンセリングとは違うのか?まだ未知の世界。私は話を仕事にするのはありだと思っているし、一部の人たちにすっごく役に立てると思うんだけど、医者は無理なんだ。お金とか時間の問題の前に、人間を解剖することが絶対にできないし(高校の時に医大に入ったらそれは必須と言われたのを覚えている)。カウンセリングやコーチングだったら資格はいらないんだけど、個人でたくさんの人がやっているので何かしらの肩書きがないと埋もれる。人を安心させるために肩書きが欲しい、とは思う。臨床心理士の資格があったら少しはましかなあ、と考えるが果たしてどうなのか。でもそもそも自分一人にしかできないことじゃ、世界は狭いままだし世の中は変えられない気がするから一対一の対話形式じゃダメだろうなあ。どうしたらいいのか。人を癒すアルゴリズムを考えてロボットに入れ込んで大量生産か。

コンピューターは教えてもらえないとつまらないけど心理は本読むだけで楽しい。ある程度の答えがもう出ているからなのか。

 

なんか今週自分がすごく活発なんだけど自分でもよくわからない。

人に会うのも苦ではない。

突然どうしたんだろうな。

 

怪獣の子供

  • 2019.06.14 Friday
  • 22:15

なんの知識も持たず、予告ちらっと見て面白そうだなと見てきた。久しぶりに映画が長く感じられて、身体が痛くなって仕方なかった。映像は、すごい綺麗。時間とお金かかってそう。でも話はさっぱり。もう途中からわかってた。これは、映像と音を楽しむもので、意味なんて考えちゃいけないって思いながら見ても、もう限界だった。本当面白い映画だと、時間が長いとも思わないし身体も痛くならないからわかりやすいと思った。

気になったのは、最初のタイトルからラピュタを意識してるのかなあと。作った人たちは好きなのか?ということと、登場人物の格好つけた独り言、そのセリフ誰に言ってるの?と引いてしまったことかなあ。

主人公の声の人は、演技はうまそうだけど、好きになれない・・・と思っていたら芦田愛菜だった。別に芦田愛菜が嫌いなわけじゃない。

なんだろなあ、とりあえず登場人物誰の気持ちもわからなかったし、誰も好きになれなかったのもある。

かなり疲れたのでレビューとか見る前に自分なりの感想を書いた。もし、レビューが絶賛されてたら流されていい作品だったのかも・・・とか思ってしまうかもしれないから。

 

 

米津玄師の音楽が最後に流れるんだけど、youtubeの再生回数が数日で2000万回突破してて、映画が人気なのか?と思ってたけどそれとは別かもね。

ただ「米津玄師」が今人気なんだろう。私はこの曲をわざわざ聞くことはないかもしれない。

あまりにみんなに絶賛されすぎて米津玄師まっすぐに聞けなくなったような。

 

 

 

 

 

 

アイマスクはすごい

  • 2019.06.13 Thursday
  • 22:38

今日久しぶりに5時台に朝起きた。昨日0時前にベッドに入ってアイマスクして寝たからだったらすごい、と思ったけれど日中眠すぎて大変だった。でも、やっぱり朝型の方が自分に合っている気はする。

大丈夫だって聞いたので幕張のIT系の展示会に潜入したんだけど、ビジネスマンじゃないとやっぱりつまらないじゃんこういう展示会は・・・と実感して終わる。何回すいませんと言ったかわからん。だってアンケートも書けない。学生の行く所はないのか。

でも未来がどんどん迫ってくる感じはすごいあった。

なんか覚えているのが「インターネットのウイルスは完璧には防げません、だから逃げるのです」って感じの話だけどもしかしたら全然違うこと言っていたかもしれない。

空間は面白かった。

 

 

なぜかジムが午前中いっぱいで取れなかった。平日の昼間に予約埋まるようになったらもう退会かなって思ってたら夕方は空いていた。人の動きが全く読めない。でも、やっぱり同じプログラムをずっとやっていると飽きるなあと感じる。次に何やるかも、曲もわかっちゃってるし。新しいものは新鮮でいいけれどそんなに増えないし、自分の中での鮮度を保つためにも一回また休会するか、退会するか。

 

最近はなんでも予測できることがつまらない、と思えて仕方ない。結果がわかってしまうとワクワクできない。

 

新しいことを始めようという決意が固まってきた。とにかくワクワクしていたい。

 

 

今日のTEDは

次のウェブ・イノベーション/ ジェフ・ベゾス

日本語のタイトルだった。というか、アマゾンで有名なジェフベゾスだけど、動いているのも喋っているのも初めて見た。16年前のものだったのだけど、何歳なんだろう?という疑問が。笑いが取れる人なんだとわかる。ウェブの世界はまだこれからです。と言っていた。確かに終わることなく進化し続けるのだからある意味こわい。終わりがないってちょっとこわい。

 

 

失敗を繰り返せ

  • 2019.06.12 Wednesday
  • 22:04

今日のTED

The puzzle of motivation/ Dan Pink

「やる気に関する驚きの科学」らしい。ダニエルピンク。モチベーション3.0で有名な人。

内的な動機付けと外的な動機付けの話で、これからは内的な動機付けを重要視しないと会社は伸びないって言っていて、私も内的な動機って大事だと思うからそういう会社増えて欲しいなと思った。

tina seelingの本の影響もあって、やっぱり起業って楽しいことなんじゃないかと思ってきた。

またセミナーとかやっていたら行ってみたくなった。結局、自分がどんな人に出会えるかがこの先にの自分にとって一番重要で、そのためには行動するしかない。起業しようとしている人たちは、やっぱり話してて面白い気がするし、自分が何をしたいのかはっきり見えないけれどそういう場所に行きたいなと思う。

とりあえず、自分の周りの人まで幸せにできる人になりたいような気がする。幸せというのは何?って感じだけど、プラスの力を与えられる人になりたい。

 

今日、読みたい漫画があったので行ったことのない漫画喫茶に行ってみたのだけれど、完全個室みたいに書いてあったのに違うし、パソコンなんてあまりに汚くて触る気にもならないくらいで、こういうの誰も気にしないの?とすごく疑問に思った。3時間はいるつもりで自分のパソコン持って行ってたけれど、咳が止まらなくなってきて身体も痒くなってきたので作業が全然できなくて退散した。自分はそんなにデリケートな方じゃないと思うんだけど。今日の所はもう行けないなと感じた。せっかくなので気になるところと改善点を書き出していた。思考の練習ということで。

 

少しずつ自分の行動範囲を広げるために新しいことをできたからいいと思った。毎日ちょっとずつでも広げていければいい。

 

昨日たまたまおもちゃコーナーにいて、なんとなくみてまわっていたら最近のおもちゃが本当に面白そうだった。創造力とか想像力とかそっち系のおもちゃ、遊んでくれる人がいるなら欲しい!って思ったけれどさすがにおもちゃで遊んでくれる知り合いはいない。弟の子供だってデジタル機器にまみれてて、アナログなものやるのかもわからない。

私は多分、自分の本質的なものが知りたいんだ。自分の内部に何か残っているのか、この先何かできるのか。

 

あとは何かをするなら具体的な目的の重要さを再認識している。

目的なくだらだらやることほどもったいないことはない。前に、youtubeに演奏動画を100本あげますっていう人を見つけて、実際その人は100本あげていたと思うんだけど、目的が100本あげるということだったからそこで止まっていた。再生回数も全然伸びてなかった。100本もあげたのに、なんで?と私はその時思ってちょっと悲しくなった。でも、その人が、再生回数も目的に入れていたら、フォロワー数も目的に入れていたら変わっていたかもしれない。どうしたら人が見てくれるか、っていうことを試行錯誤して動画作りに反映できていたら。そういうことなのかもしれない。

 

適切な目的を目の前にどんどん置けるっていうのも、才能だろうなあと思う。でも訓練次第で結構変われる気はする。

私もそろそろ明確な目的を決めるべきなのかもしれない。

失敗するためにもさ。

前にバイトは、実験場だなって思ってたんだけど、実験って楽しいし大事だよ。実験するためにバイトするのはいいかもなあ。

 

 

スタンフォード大学熱

  • 2019.06.10 Monday
  • 23:51

今日のTED

The little risks you can take to increase your luck/ Tina seeling

幸運を増やすために小さなリスクを取ろうということらしい。この人の、「20歳のときに知っておきたかったこと スタンフォード大学集中講義」という本を読んだら結構好きで、元気が出る感じだったので「スタンフォード大学 夢をかなえる集中講義」をさらに読んでみたらもっとハマってしまった。で、ネットで調べたらTEDで話していたので見てみた。courseraとかでMoocsやってないのかな?と探したけれど昔一回だけやって終わってしまったみたいだ。残念。スタンフォード大学ってなんて楽しそうなんだろう、とまたまた思う。かなり優秀な人が行く大学だってことを今更知った。

で、このTEDでは、コンフォートゾーンをちょっとでも出てリスクを取って行動してみようということと、人に感謝しようということと、アイデアの視点を変えようということを話していた。と思う。まあ、そうだねこういうことは基本なんだろうねと感じる。

 

今日本を読んでいて、私に今必要なのは「許す」ということじゃないかと思った。

その感情を手に入れられたら、前に進める気がする。

「復讐」を捨てて「許す」

 

 

雨の日はいいね、落ち着く。長靴履いてれば、出かけるのも楽しいよ。

たまには雨に濡れるのも楽しいよ。

 

 

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